エッセイ
しし座のヒッチコック
ノルウェーの丸太
日本流「粋」の功罪
  日本病病原菌の名前
解説 「熱い砂」
トム・ウェッセルマンのピンホール
江戸への短い旅
トラベルミステリー
石岡和己先生の執筆メモから
インタヴュー
ON TIME
「Yの悲劇」を越える作品はない
雑誌「教職課程」インタヴュー
平野啓子の「作家へアタック」
「本格ミステリーの追求」
TOP INTERVIEW
本と人
VIPルーム8000文字インタヴュー
島田荘司氏 清張さんの大ファンでした
どうしたら日本社会がもっと楽しくなり、 日本人がもっと魅力的になるか
SECRET INTERVEW for 『Classical Fantasy Within』


しし座のヒッチコック

ヒッチコックの『裏窓』
ヴィデオを手に入れ、ようやく念願の『裏窓』を観た。
まだ観ていない人のため、この作品の大まかなストーリーを説明すると、ジェームス・スチュワート扮するカメラマンが、骨折のため、足にギプスを填めてアパートの自室で寝ている。裏の窓から、中庭をはさんで隣のアパートの窓がすべて見える。
退屈をまぎらわせるため、それらを眺めていたら、そのひとつに住む男の行動が不審で、どう考えても妻を殺したようにしか思えない。
そこで婚約者のグレース・ケリーと、通いのお手伝いの婦人を手足に使い、個人的に調査に乗りだすというお話である。
敵の行動は、望遠鏡を使って裏窓から逐一観察ができる。
敵の部屋に電話をかけることもできる。
しかし自身はベッドから一歩も動けず、恋人の危機にも直接行動を起こすことができない。使えるのは頭だけ。こういうシチュエーションには、推理作家なら一度は心を動かされるはずだ。それは何故か。『裏窓』が何故面白いのかを少し考えてみた。
それは何といっても、推理とは本来、頭だけを使うゲームだからだ。裏窓の状況設定は、この条件を徹底させたものといえる。
本格の推理小説において、読者は主人公と同じ位置にいなくてはならない。読者は主人公の探偵と同じだけの判断材料を得、フェアな知的勝負ができなくてはルール違反である。
読者が殺人者の顎に右アッパーを打ち込めぬなら、作中の主人公もそんなことをしてはならない。
『刑事コロンボ』で、クライマックスの謎解きの後、犯人がコロンボに殴りかからないのも、また逃亡しようとコロンボのポンコツ車にカーチェイスを挑まないのも、犯人がこのルールを厳に守っているからにほかならない。
この映画において、ヒッチコックは厳正頑固なるアンパイアである。
ジェームズ・スチュワートは彼により(あるいはギプスにより)、このルールを厳しく守らされる。かくしてこの傑作サスペンスは生まれた。

掲載雑誌:1984、5年頃 ブルータス、もしくはポパイ