何故鉄道ミステリーなのか
このエッセーも、いつ頃のものであるのかもうよく解らない。
ひと頃、毎日新聞の重里さんという記者が好意的な記事をよく書いてくれていて、何度か彼のインタヴューを受けた記憶がある。
これもまた彼に頼まれたのもののような印象はあるのだが、とすれば毎日新聞に掲載されたものであろう。
鉄道記念日にちなんで何か随筆を、といった話だったのであろう。
内容から察するに、「高山殺人行1/2の女」のことが念頭にあるような気がする。とすれば、これを書いたか、計画が頭にあるかする頃のことではないだろうか。
2000年9月22日
かつてシーボルトが、オランダ商館長について長崎から江戸へ旅することを許された時、街道筋にあまりに旅人の姿が多いので、日本人は国中で旅しているようだと言った話が伝わっている。
日本人は昔からいたって旅好きな人種であったらしい。
ただ時々思うのだが、脚絆(きゃはん)を脛(すね)に巻き、肩には振り分け荷物で歩き通した旅のスタイルは、鉄道によるものより、むしろオートバイとか車による旅に無理なくつながる気がする。
宿場から宿場へ、気の向くまま、足の向くまま歩きたくて、昔の人は旅に出たのではあるまいか。
『推理好きを喜ばす要素』
これはまずまず当たっていると思う。
多くの日本人は現在、時刻表に縛られる列車より、高速道路をマイカーで走ることの方を好んでいる。
ところがこと推理小説による紙上の旅となると、日本人は何故か性質が変わって、圧倒的に鉄道による旅を好む。
鉄道マニアは当然のこととしても、旅と言えばマイカーのハンドルを握らずにはいないカーマニアまで、小説の場合はおしなべて鉄道ミステリーを読むのだ。
高速道路には延々と車の渋滞が続き、日本車が世界の隅々の道を走っている現在でも、自動車による旅のミステリーはうけないらしい。
そのせいか、日本の推理小説史上に、自動車もののジャンルでの傑作はほとんど見当たらない。
これは何故なのだろうとよく考える。確かに鉄道には、推理好き、論理好きを喜ばせるさまざまな要素がある。
日本の国鉄はまるで時計そのもののように正確に運行する。
時刻表の上でA列車とB列車が三分の差をもってC駅に到着するなら、これは現実のC駅で確実に存在する三分である。
時刻表を信頼し、作家は安心してこの三分で人を殺すこともできるのである。アメリカではこんな真似はできない。
『相次いで起こった事件』
あるいは、列車の中では魅力のある人物との出会いが期待できる。
実際の旅は散文的なものと知っていても、人は小説の中の旅ではこういうものに大いに期待する。
しかし、こういった憶測も、どうもすべてではない気がする。
鉄道には、日本の推理マニアが期待する、何ごとかもっと大きな魅力があるに違いないのである。
なまはんかな自動車ミステリーの秀作が束になっても勝てない、何らかの圧倒的な魅力を、日本の推理マニアは鉄道に対し抱いている。
そうではなくては、日本人のあれほどの鉄道ミステリー好きを説明できない。それは何かと考えるうち、ある日思いあたった。
昭和二十四年に日本に相次いで起こった、三つのミステリアスな事件ではあるまいかと気づいたのである。
昭和二十四年七月六日に「下山事件」が起こっている。
ご存じの通り、死後轢断(れきだん)か生体轢断かで意見が分かれ、いまだに真の解決は得られていない。
続いて七月十五日、無人の電車が街へ暴走する「三鷹事件」が起こった。さらに八月十七日には、東北線で旅客列車が原因不明の転覆をする「松川事件」が起こっている。いずれも、真相は闇の彼方だ。
『大正十五年には石田事件』
さらには、その二十三年前の大正十五年十月三十日、大森―蒲田間の東海道線、新井宿第二開渠(かいきょ)で、石井基という東京地検検事局の検事が、「下山事件」とそっくりな方法によって殺害されたとみられている(いまだに不明)に及んでは、推理ファンならずともゾクゾクする。
「下山事件」は、この「石井事件」をテキストにしているといわれる。この事件も、結局真犯人はあがらず、迷宮入りした。
こういう怪事件をやつぎばやに生んだ国鉄に対し、日本人はどうやら暗い恐れ、そして幽霊洞窟に対するような
漠然とした期待を感じているらしい。国鉄こそは、ミステリアスな事件の舞台にふさわしいと信じているのだ。
ちょうどイギリス人が、あの「切り裂きジャック」に強烈な恐怖と、同時に魅力を感じるようにである。
日本の年輩の推理ファンの脳裏には、国鉄の起こしたこれら怪事件の暗い記憶が、深く刻まれているのではあるまいか。
そう考えれば、なるほど、これでは車のミステリーが列車のミステリーに勝てないはずだと思う。
十四日は鉄道記念日である。
掲載雑誌:1985年 初出不明