旅帰り
The author 山田

「ただいま、御手洗」
ドアを静かに開けて、石岡君が長い旅から帰ってきた。
「石岡君!――ずいぶん長いこと、家を空けたじゃないか。それも一人で、君が。珍しいね。どこへ行っていたんだい。連絡もつかないし、僕はこれでもかなり心配したんだぜ」
ある日僕が外出から帰って来ると、馬車道のアパートには鍵がかかっていて、石岡君の姿がなかった。
どれだけソファで待っていても、帰ってこないので、石岡君の部屋を調べてみると、生活用具が満遍なく減っていることが分かり、大きな旅行鞄も無くなっている事から、旅行にでも行っているのかと僕は推察した。
そして僕の部屋で、ベッドの上を見ると石岡君からの手紙が置いてあった。
『しばらく、家を空けるよ。いつ帰るとははっきり分からないけれど、多分そんなには空けないと思う』
その手紙を見てから1ヶ月、石岡君は帰ってきた。

「石岡君」
「ただいま、御手洗」
「随分空けたじゃないか」
「そうかい?いやあごめん、ちょっと向こうの人と仲良くなっちゃって」
「凄く聞きたい事は色々あるんだが、まずは言いたいことを言わせてくれ」
「どうぞ!ハイ、スタンバイOK」
「石岡君、首、伸びてるよ!?」

石岡君の首は、かなり伸びていた。
実際10センチくらい伸びていた。輪っかを首に巻きつけたような感じだ。
つまり、首長族。
「石岡君・・・それは」
「うん、よくぞ気付いた。これは、真鍮製なんだ」
そういう事を言っているのではない。
「それは・・やめたほうが良い」
「どうしてだい、御手洗」
「だって君、それじゃあ首長族のファッションだよ!」
「そうともさ」
「だめだ!だってそれは、女性だけのファッションなんだよ!」
すると石岡君はとたんに首の真鍮製の輪をはずした。
「やめてみました」
「…うん、そうだね、だがいかんせんどうも首は伸びているね。取った方が良いとは思うけど、取ってもあまり良くはならないもんだね」
「君は勝手ばかりだ」
石岡君が怒った。そして首からはずした輪をぼくの前に並べ、
「伸びますよーうに、誰とはいいませんが、誰かさんの首が伸びますよーうに」
とまじないを呟いた。
「誰とは言わないけどそれ僕だろう!?」
「誰とは言わないよ」
にやりと笑って石岡君は僕の前で輪を積み上げた。
「伸びますよーうに」
「やめてくれ!」
僕は居たたまれなくなって石岡君の頭を上から押さえつけた。
「縮みますように!縮みますように!」
「わあ、御手洗、強引だな」
ぐいぐいと石岡君の頭を押さえつけなんとか首を縮めようとしていると、ピンポーンとベルが鳴った。
しかしそんな事には構っていられない。なんだかちょっと、縮んだ気がしたのだ。もう一息だ!
「せ・・・先生!」
ぼた、と音がして、みると若い女の子が鞄を落としてこちらを驚きの目で見つめている。
「あっ、里美ちゃん」
石岡君がにこやかに言う。里美と呼ばれた女の子は落とした鞄を拾い、変わらず驚いた目でこちらを見つめる。
「そちらのかた御手洗さんですか。やっぱり先生達って…そういう人だったのね…!」
「そうだ僕が御手洗です。でもちょっと待ちたまえ君。そういう人ってどういう人だ。首が伸びている事か。それとも僕らの噂の事か」
「ハハハ御手洗そりゃ僕らの噂の事に決まってるじゃないか。だって首が伸びている事がどうして里美ちゃんに予想できようか。それともなにかい、僕は見るからに首の伸びそうな顔でもしているのかい。残念ながらそんなには伸びそうじゃないよ。でも今ならおまけにもう一セット付いてお値段据え置き19800円でのご奉仕です!」
「何がだ」
途中からテレビショッピングになっている。
里美はフウと溜息をついて、
「まあそんな事はどうでもいいのよ先生。今日はクッキー焼いてきたのよ。御手洗さんも食べてくださいねー」
「いいのか、君、いいのか」
あまりにもあっさりしている里美に話しかけていると、後ろでカチャリ…と不吉な音がした。
石岡君の姿が目の前から消えた。…後ろだ。後ろにいる。
「…伸びますよーうに」
カチャリ、カチャリという不吉な音と共に石岡君のまじないが聞こえる。
「君、まさか僕の首に…!」
大慌てで後ろを振りかえる。まさか、僕まで首長族に!?

後ろでは、石岡君が自分の首に輪をはめていた。

「…それ以上伸びなくていいよ・・・・・・・!!」

血を吐くような僕の叫びは闇に吸い込まれていった。

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・

「・・・・・・・・・・・ウハアッ!」
「わあっ」
「・・・・・・・・い、石岡君??」
「な、なんだよ御手洗脅かすなよ」
「首…」
「首が何?寝違えたのか?そんなところで寝るからだよ、昼寝するならちゃんとベッドに行けよ」
「首…が・・・・ああ良かった!短い!」
「・・・・・・短くて悪かったね」
御手洗はいつもこうだ。起きた瞬間におかしな事を言う。
「そりゃ君みたいにすらっと伸びた首じゃないさ…」
「・・・・伸びてるの!?」
御手洗は大慌てで洗面所へ向かった。変な奴だ。
「相手にならないようにしよう」
私は落ち着いて書きかけのエッセイに向かった。全く毎日騒がしい奴だ。