The author だりむくれ

 何度もあちこちに書いてきたが、私、石岡和己のここ十年近い日常は、驚くほど変化に乏しく続いている。毎日毎日がコピーしたかのように同じで、ときどき、ひょっとしたら同じ日をずっと繰り返しているんじゃないだろうか、などというありがちなSF小説のようなことを思い浮かべたりする。新しい発見なども何もなく、一日中一言も声を発さずに寝ることも多い。
 確かに事件に巻き込まれることもそう無いわけでもないが、しかしすぐに発表できるような事件は、「大根奇聞」とか、「最後のディナー」のような特殊な場合しかなく、ほとんどのものが五年、十年と時間をおいてからでないと世に出せない状態だ。そういう風に遠い未来のことを考えると、ああ、自分も将来年をとって死ぬんだ、と気が落ち込み、書いても差し障りのない過去のことを書いていると、ああ、こんなに年をとってしまったのか、とまた暗くなる。
 何をしていても気分が悪く、朝起きてはまた陰鬱な一日が始まるのかとため息を付き、夜寝るときはまた一日無為に過ごしてしまったと後悔の念でいっぱいになる。朝御飯として壊れかけたトースターで焼いた生焼けの食パンを食べていると、辺りの静けさにうんざりし、昼御飯にポニーに出かけていくとまたデジャヴが起こり、夕御飯を出来物のお総菜で済ませると涙が出そうになるほど寂しい。
 いったい自分は、こんなところに一人とどまって何をしているのか、と考えることもある。確かに御手洗は、家は保存しておいてくれ、とは言っていたが、別に私に住み続けろ、とまでは言っていない。私の住んでいる部屋は窓がないので、朝から晩まで薄暗く、脱出できない密室に閉じこめられたような、嫌な閉塞感を覚える。出来ればもっと違う家に引っ越したい、とも思う。そうすれば、いくらかは今のような陰気な日々からは逃れられるのではないか、と思う。他のマンションかアパートを借りて、そちらに住み、この家には週に一回か月に一回ぐらい、掃除をしに来るぐらいでも問題はない。どうせ依頼者はもう来ないのだから。こういう風に文章を書いて
いるだけなら、こんな家じゃなくても問題はない。
 それでも動こうとしないのは、私の持ち前の行動力の無さによるものだろう。私は、放っておけばいつまでだってうちにいたまま動かない。子どものころからそうで、友達が外で遊んでいるときも、何もする気が起きなかった。外で遊べば楽しい、さあ遊んでらっしゃい、子どもは風の子よ、などと親から言われても、不快にしか思わなかった。どこにも出なかったって、何も変わりはない。外に出かけたって、中に居続けたって、運動したってしなくたって、どうせ変化はないのだから、居心地のいいほうにいたほうがいいに決まっている。正直言って楽しいとも思わなかった。
 昔からそういった誘いは、出来る限り断るようにしていた。何だかんだ言っても、結局最後には、誘った側が楽しいようになっていたからだった。当たり前と言えば当たり前だが、自己満足のために他人を引っ張り回す、という考え方は、私には理解できなかった。 そんな私だが、生涯で三人だけの誘いは断れなかった。この三人から誘われると、例えどんな場所でも、行ってもよいかな、と思えるようになった。それは、この三人が自己満足からはほど遠い人間達だったからかもしれない。そして、どんなことになっても、私の存在を忘れずにいてくれる三人だから、かも知れない。
 しかし、その三人も今では、一人は北欧で大学教授になっているし、一人は法律事務所で毎日忙しく働く日々、そして最後の一人は二十年以上前に死んでいる。
 結局、みんな私の手の届かないところに行ってしまった。
 そういったわけで、龍臥亭で里美と知り合ってから、僅かに活気を取り戻すかに見えた私の生活だったが、見事に逆戻りした。それどころか反動でますます悪化の一途を辿っている。
 我ながら、こうして書き出してみると、他人に依存しきった生き方だなあ、と思う。けれど、私は一人では何もできない人間なのだ。御手洗には悪いが、彼と知り合ってからはっきりそれを自覚した。楽な方へ楽な方へ水のように流れていき、自己主張など何もせず、静かに静かに、誰の邪魔にもならないように生きる。それが楽な生き方だということがよく分かったのだ。
 大していい生き方とも思えないが、自分のような人間には、この程度で充分なところだろう。

 こんなことばかり考えて日々暮らしていると、実にたびたび死にたくなる。具体的にどう、というわけではないのだが、なんだか自分はすでに死んでいるような心持ちになってきて、実に気分が悪い。自分の部屋にいるとやっていられないので、いつも窓際のデスクにワープロを置いて、仕事をするようにしている。
 ヴェランダ側の大きな窓から外を見ると、今も広く開けた青空が見える。何だかこのまま、どこかへ飛んでいきたくなる。
 あまりそんなことばかり考えていると精神衛生上も悪いのだろうが、自動的に頭がそっちの方向に向いてしまうのだからどうしようもない。悲しいかな、この考え方は身に染みついてしまったのだ。
 こういう風に下らないことを考えて、一日が過ぎていく。時折テレビをつけてみる。ドラマではいつでも、見ていて恥ずかしくなるような恋愛ばかりが展開されていてチャンネルを変えてしまう。ヴァラエティ番組ではお笑い芸人達が一生懸命ブラウン管に映ろうと動いているが、一人で見ていても大して面白くない。ワイドショウなど全く興味を持てない。歌番組は、よく聴くアイドル歌謡の歌手が出ているときはまれに見るが、それきりである。まばゆい芸能界の様子を見ていると、自分は何だか人間ではないような気がしてきて、それからこんな自分はこの世にいていいのだろうか、エネルギーの無駄になるだけではないのか、とも考えられてくる。最近特に
、この方向への思考がよく起こる。
 正直、このとき私は、これは御手洗のせいではないか、と思っていた。御手洗はたとえいなくなっても、いた場所に強力な磁場を残していく。そこに足を踏み込むと、そこから発せられるパワーによって、常人は力を弱められてしまうのだ。そして今、私が住んでいる部屋がそれだった。
 このままでは本当に駄目になってしまいそうだし、どうせ里美ももう来ないのだからとそろそろ真剣に引っ越しを考えようと思っていた。その矢先だった。

 そう、今だから分かるのだが、あれは二〇〇二年、七月の初め頃だった。その日も私は、原稿をちょっと書き、ため息をつき、事件ファイルの整理をして、それからまたちょっとため息をつき、トイレットペーパーが切れていることに気付いた。使うのは一人なので滅多になくなったりはしないが、このときはちょうど、ストックも切れていた。そこで、近所の量販店に買いに行くことにした。
 店まで歩いていく途中で、郵便のバイクとすれ違った。そういえば、郵便物というのも、ここ最近滅多に来なくなった。編集者とのやりとりも電話やファクシミリで事足りるし、里美に教えられて少しならE-メイルも使えるようになった。スウィッチを入れてアウトルック・エクスプローラーを開いて、文章を書いて、後は送るだけである。こう書いてみると、猿でも出来るようなことなのでいささか悲しくなる。わずかこれだけのことを覚えるのに、私はほとんど半年かかった。しかし、いくら「送信」のところをクリックしても、何だか出した気がしない。間違えてよそに送ったりしていないだろうかとか、届いていなかったりしないだろうかとか、うっかり同じものを二通送ったりしていないかと心配になって、他のものが手につかなくなり、結局送っ
た相手に電話で確認したりする。無意味なので、使わないことの方が多い。
 店に着いたら、またおそろしく売り場が広い。その上に驚くほど混んでいる。うっかり迷子になってしまいそうでおどおどする。
 トイレットペーパーがどこに売っているのか分からないので、店員に声をかけた。振り向くと、これがまた若い女性で、私は何をするために声をかけたのか忘れてしまった。
「どうかなさいましたか?」
と優しく訊いてくる。しかし、質問事項が遙か彼方に消し飛んでしまった私は、どうすることも出来ずに、ええとあの、を繰り返す。冷や汗がたらたらと流れ出てきて、瞬きの回数が増える。だんだん呼吸が苦しくなってくる。
「よろしいですか?」
 女性店員は少し不審げな表情を浮かべて再び問う。私はますます焦り出す。
 ここで、私にしては優秀なことに、トイレットペーパーを買いに来た、ということを思い出した。
「あ、あの、トイレットペーパーはどこら辺に……」
 私はやや赤面しながら訊いた。女性店員に、トイレットペーパーの売場を質問する、ということが、何だかとても恥ずかしかったのだ。
 店員は、
「それでしたら、ここをまっすぐ行っていただいて、あそこの突き当たりを右に曲がりますと、生活雑貨のコーナーがございますので、そちらでお買い上げいただけますが」
と懇切丁寧に答えてくれた。私は思わず、
「ありがとうございます!」
と頭を下げてしまった。店員は軽く会釈して仕事場に戻る。しかしよく考えれば、私が客で彼女が店員なのだから、ここまで卑屈になる必要はどこにもないのだ。私はだらだら流れる汗をハンカチで拭いながら、そう思った。

 私は精一杯の勇気を振り絞りトイレットペーパーを購入すると、すっかり脱力して家に戻った。疲れ切ってしまった。こんなことでいちいち疲れていては、寿命が縮まる。私なんかは健康診断にも行かないので、何の病気が進行しているか分かったものじゃない。以前、御手洗ファンの人が教えてくれた、健康診断をしてくれるホームページでチェックをしたら(言うまでもないが里美の持っているノートパソコンで、ゆっくり教えてもらいながらだが)、身体面ではほとんど何の問題もなかったが、精神面で「人前に立つと緊張しますか?」とか、「ストレスを解消する趣味がありますか?」といった質問事項に、悪い方へ悪い方へ答えてしまい、推定寿命が六十ち
ょっとになってしまった。ますます気分が陰鬱になった。
 玄関のドアを開けると、ちょうつがいがぎい、と音を立てる。まるでミステリーの古典に出てくる暗い館にでも来たかのようで、うんざりした。いい加減がたが来ている。早くいい物件を探そうと決心した。
 中に踏み込み、靴を脱ぎ、トイレットペーパーを傍らに置くと私は崩れ落ちるようにしてソファに腰掛けた。やはり私は、外出が向いていないらしい。かといって家にずっと居ると鬱が進行する。どこにも居場所がないのだ。
 そしてふと、周りを見渡すと、何かが違うような気がする。何というか、私が出たときとは部屋の空気が違うのだ。すっと明るい、気持ちのよい空気になっている。
 家具の様子も微妙に違うのだ。私が今座っているソファも、いつものようなねっとりした座り心地ではなく、ふんわりと心地よい。
 立ち上がって他の物を見ると、みな何だか明るい光を放っている。窓のほうを見ると、どうやら外から綺麗な日差しが入り込んできているらしかった。
 食器棚も何だか雰囲気が違う。何が、とははっきり言えないが、しかし何かが違う。
 私は思わずすう、と深呼吸をし、はあ、と吐いた。何だか、体の中のよくないものが全部外に吹き出されていくような気がした。気分の良くなった私は、取り敢えず文章を書いてみることにした。ずいぶんはかどった。
 夜布団に入るときまで、その不思議な気分は続いた。なぜなのか、理由はよく分からなかった。

 それから一週間ほどは、特に何事もなく過ぎた。いつも通り、朝起きて、文章を書いて色々雑事をして、ポニーへ行って定食を食べて戻ってきて、また少し文章を書いてからたまに本を読んだりし、夕食を食べ、寝る。しかしこの週は、コンビニの夕食メニューに新作弁当が加わったので、少し気分が良かった。些細といってしまえばそれまでだが、こういったちょっとしたことに喜びを感じる生き方というのも、悪くないものだと思う。
 そうしてあの、不思議な気分になった日から七日が経った。なかなかいい気分を保ったまま過ごせたので、自分としては実によい週だと言えた。この日は、前から予定していた資料調べがあったので、気に入ったコンビニ弁当を持参して紅葉ケ丘の県立図書館へと向かった。
 帰ってくると、驚いたことにまた部屋が変わっていた。すっとした空気が満ちている。なぜこうなるのか、どう考えても分からなかった。心地よい気持ちのまま、私は眠りについた。
 翌日は、その新しい初夏の気分のお陰で、なかなか快調に仕事が進んだ。私にしては、よく出来た方である。しかしそのため目が疲れたので、その日は早くに床に入った。

 翌日、前日の疲れのせいか、私はほとんど正午に起き、いきなり昼食を食べることにした。しかし、起きたばかりで出かける気がせず、かといって食べないわけにもいかず、しばらく部屋の中で逡巡していた。困った挙げ句、無意識のうちに私は冷蔵庫に手をかけていた。しかし、この中には食べ物はない、ということは分かっていた。いつだって外に食べに出ているのだから、食品を入れておく必要など無い。せいぜい入っていてミネラルウォーターか、ペットボトルに入ったお茶くらいである。それに加えて、朝パンに塗るためのイチゴジャムが入っているきりである。空っぽの冷蔵庫というものも、見ていてなかなか気分の滅入るものなので、なるべく使わないよ
うにしている。
 しかし、ないと分かっていながらも、私は冷蔵庫のドアを開けた。すると、驚いたことに美味しそうな上等の桃とマスカットが入っていた。
 いくら私でもここまで異常なことばかり続くと不審に思う。まず、自分で入れたかどうかを疑ってみる。御手洗の場合、自分でリンゴを冷蔵庫の上に置いておきながら誰がこんなところに置いたのかと騒いでいることがあった。だがそれは御手洗の場合であり、これは一般的に見て極めて特殊なケースだと私は思う。少なくとも私はそんなことは一度もない。
 ではなぜこんなものがここに入っているのか。考えても考えても分からなかった。誰かが置いていったのだろうか。しかし、この部屋の鍵は二つしかなく、片方は今私が持っているし、もう片方は今は北欧のどこかの国にある。
 すると泥棒だろうか。最近は、あっという間に鍵をコピーしてしまう手口が横行しているらしい。また、コピーなどしなくても、特殊な器具を使えばすぐに開けることが出来る、とワイドショウで特集を組んでいた。しかし、部屋に侵入して果物を冷蔵庫に入れて帰っていく泥棒など聞いたことがない。大体、それでは泥棒ではない。
 起き抜けであることもあってか、全く頭が働かない。それにおなかもだんだん空いてくる。取り敢えず冷蔵庫からその二つのフルーツをとりだした。どちらもそろそろ旬である。
 皿に盛って、何か不審な点はないか確かめてみる。まさかとは思うが、毒物でも注射されていたら大変だ。しかもこんな状況で死んだりしたら、下手すると一人暮らしの老人にありがちな「孤独死」として処理されかねない。「横浜在住の作家石岡氏、自宅アパートで誰にも看取られずに死去」などと横浜新聞の三面を飾ったりしたら、御手洗にも里美にも申し訳が立たない。取り敢えず大丈夫そうな桃の方から食べてみることにした。皮をむいて、少しだけ果物ナイフで切り出して、口に放り込む。
 すると、これが大変美味だった。久々に食べたこともあり、桃というのはこんなに上手い果物だったかと感心した。そのままもう一口、もう一口と食べていくうちに桃はすっかりなくなった。さっきまで何を心配していたのかを早くも忘れていた。ぼけの始まりかも知れないと心配になる。
 しかし、桃はともかく、マスカットは粒がたくさんあるので、もし何かあったら大変だ、となぜこれがここにあるのかが分かるまでは取り敢えず置いておくことにした。
 そう、桃を食べている途中で、御手洗のことを思いだした。御手洗は、腹が減ってもフルーツさえあれば大丈夫、という奇妙な人間だったから、彼がいる間は冷蔵庫に果物が尽きることがなかった。一年中いつ覗いてもまんべんなく色々な果物が入っていて、私も一緒に食べることがよくあった。あれは舞踏病事件の時だったか、もう冬も近いというのに御手洗が突然スイカを食べたいと言い出して、大いに困ったことがあった。あのときは、御手洗は本当はスイカと桃を食べたい、と言っていたのに、デパートに桃はなかった。しかし、驚いたことにスイカはあったので、仕方なくスイカと合わせて柿を買ってきたら、それでも彼は喜んで食べていた……
 過去の追憶は、私をすっかり虜にした。私はしばらく、残りの桃やマスカットを食べながら、若かりし頃の良い想い出に、ゆったりとつかることにした。

 ふと気付くと、もう五時を回っていた。小さなマスカットを一個ずつ手でむしっては口に運びをしていたら、三房食べるのにずいぶん時間がかかってしまった。結局マスカットも全部食べてしまったが、別に何も不都合は起こらなかった。
 色々と思い出すこともあったし、懐かしいことも、悲しいことも思い出した。昔の自分の単純さに笑い、御手洗の言葉の奥深さに今頃になって驚いた。あの男は、常人が十年二十年と考えないと分からないことを、何でもないことのようにふっと口に出す。どんな奇怪な難事件も、怖ろしく狂気に満ちた殺人も、永い時間の果てに私の中でヴィンテージのワインのように、深みを重ね、発酵し、甘くロマンに染まった夢へと変貌していた。昔から私は、自分の関わった事件を夢と捉えることで、ずいぶん気持ちを落ち着かせ、また楽にしてきた。いつでもそう、すべてが夢のように思えてならないのだ。
 戦前の猟奇殺人という夢、不可能犯罪という夢、暗黒の樹木の夢、砂漠にそびえ立つ夢、困惑と醜悪の夢、歴史の王女の夢、そして、恋人の死の夢。
 最早あんな時代は、私には二度と訪れないだろう、と思った。ひどく、悲しくなった。

 翌日、私がそのまま寝ていると、リヴィングの方から何か妙な物音がする。ぱたぱたという足音も聞こえるし、がたがた何かが動く音、それに、人の話し声だ。
 私はまだ残夢に溺れていたので、しばらく頭が働かなかった。が、徐々に、これはとんでもないことになっているのかも知れない、と思い始め、だんだん恐くなってきた。何者かが自分の家の中を徘徊している。これも夢だと信じたいが、どうやら違うらしい。
 取り敢えず私はベッドからゆっくり起きあがり、服を着替えた。足音を立てないようにこそこそと自分の部屋を移動する。なぜ自分の家でこんなことをしなければならないのかと憤りを覚える。 
 ドアにぴったり張り付いて、外の様子を窺う。まだ会話の声は続いている。時折、きゃあとか、ほんとですかーといった声が聞こえてくる。
 どこかで聞いたような声と口調に私は引っかかり、ドアを気付かれないよう注意して開けた。リヴィングの光景が目の前に広がる。
 里美が電話をかけている。
 私は驚愕し、慌てて部屋から飛び出した。里美は受話器を持ったまま私のほうを見ると、「あ、先生起きてきましたよー」と電話の相手に話している。私は何が何だか分からない。こういうときはいつでも、頭の中はぐちゃぐちゃになり、何を考えたらよいのか分からなくなる。何とか状況を把握しようと努力はしているのだが、その努力と反比例して脳の情報処理能力は低下する。活動を停止した自分の頭に対して猛然と焦りを感じ、汗が噴き出す。目は泳ぎ、呼吸数が低下する。そして脳は酸素欠乏状態となり、ますます働きが悪くなる。
 このときも、にこにこかわいらしい笑みを浮かべている里美を前に何をしたらよいのか分からず、セサミストリートの人形のように口をぱくぱくぱくぱく動かして、その場にうずくまってしまった。
「先生、どうしたんですかー?」
と里美は訊く。尋ねられてようやく私は話が出来た。
「……君、何でここにいるの?」
「何言ってるんですか先生、今更」
「今更って、何が」
「先生まさか、本当に気付いてなかったんですか?」
 里美は少々呆れ顔になった。再び受話器を口元に戻す。
「あ、もしもし、あのですねー、先生、私が部屋に入ってることに気付いてなかったみたいなんですよー」
と電話の向こうの相手に報告して笑う。何を言っているのだ。
「ねえ里美ちゃん、君、誰と電話してるの」
「え、御手洗さん」
 私は口が開いたまま、心張り棒でも噛まされたように閉じなくなってしまった。
「どうしたんですか先生、替わりましょうか?」
 私は力無くうんうんと頷く。里美が受話器を持たせてくれた。
「……もしもし」
「やあ、石岡君、そっちではお早う、なのかな」
 確かに御手洗だ! いったい何があって里美と知り合ったのだろうか。
「何がも何も、石岡君がいると思って電話したら、犬坊さんが出た、というだけのことさ」
「そう、そうだよ! 何で彼女がいるのかが分からないんだよ!」
 私がそう言うと、今度は里美が驚いた顔をした。
「先生、本当に今まで、ずっと気付いてなかったんですか?」
 今まで? 今まで一度だって里美が私のいないうちにこの部屋に入ったことはない。大体、私は臆病なたちだから、いつでも鍵をかけていて入れないはずだ。だとすれば、どうやって……
「さすがは石岡君だね、世の中のあらゆることに驚くすべを心得てる。さぞ毎日退屈せずに済んで良いだろう。僕なんかは分かり切ったことばかりだからね、最近日々が詰まらないんだ、今度どうやったらそんなにいろんなことに驚けるのか教えてくれないか」
 電話の向こうで御手洗が軽口を叩いている。しかし、その向こうとは地球において日本のほとんど反対側なのだ。暇なのか忙しいのかよく分からない男である。
 しかしそんなことはどうでも良いのだ。私は受話器に向かって少し待っていてくれと伝えると、里美の方を向いた。
「まず、何で君がここに入れたの?」
 すると里美は小首を傾げ、そして信じられないようなことを言った。
「御手洗さんが、うちに鍵を送ってくださったから」
 私はさっき伏せて置いた受話器をひっくり返し、
「おい御手洗どういうことだ!」
と怒鳴った。
「石岡君、そんなわめかなくてもいいじゃないか。別に大したことじゃない。もう僕には必要がないから、彼女に送った、というだけのことだ」
 必要がない? とうとう完全に見捨てられた、ということなのだろうか。しかし、取り敢えずその問題は後回しだ。
「し、しかし、どうやって送ったんだ? そもそも、何で君が里美ちゃ……、犬坊さんのことを知っているんだ?」
 すると御手洗はくすりと笑ったように聞こえた。
「おいおい石岡君、君が直接教えてくれただろう、僕に。確か、大根の話の時だったかな、その法学部の先生と知り合った理由として延々と、龍臥亭の事件から犬坊さんと知り合ったこと、彼女が広島の大学からセリトスに転入してきたということ、それからはちょくちょく会うようになった、ということまで、君が僕に事細かに教えてくれたじゃないか、忘れたのかい」 
 忘れていた。いや、それは私にとっては別に大したことじゃなかったから、かも知れないが。しかし、まだ解せない。
「だけど、だからって彼女の住所までは教えてないぞ」
 私は一応知ってはいたが、無論そこまで行ったことはなかった。横を見ると、里美が所在なさげに立っている。御手洗は大して面白くもなさそうに答えた。
「ああ、教えてもらってはいないがね、調べたんだよ、自分で」
「どうやって」
「セリトスに電話したのさ」
 ああ、と私は思った。思えばこの女子大で、御手洗と里美は繋がっていた。
「僕はセリトス女子大には知り合いが何人かいるのでね、僕の今の立場を名乗って、それから適当に知っている大学の名誉教授あたりの名前を言って、僕の身元を保証してもらった。そうなったらもう、日本国内なら大抵のことは出来る。日本人は肩書きと上司に異常と言えるほど弱いからね。そして、犬坊里美という学生の住所は分かりませんか、と尋ねた。現代はコンピューター技術が進歩しているから、ちょっと検索してもらったら一発で分かった。もうすでに卒業している、という話だったが、判明している時点までの住所を教えてもらった。そうしてから、その住所へ向けて鍵を送った。まあ十中八九越してないだろうと踏んでいたし、もし引っ越し済みだとしても、郵便側が何とか届けてくれるだろうと思ってね」
 そう、考えれば当たり前のことなのだ。鍵が二つあって、片方は私が持っているのに誰かが部屋に入ったとすれば、もう一方をどうにかして入手したに決まっている。しかしこの場合、御手洗がここまで動くとは私は計算に入れていなかった。
「そうか、そうだった、君は昔、セリトスに住んでいたんだっけ……」
 私がそう言うと、御手洗は突然気色ばんだ。
「何で君がそんなこと知ってるんだ?」
 私がそれに答えようとしたとき、私の横で里美が動いた。電話についている「スピーカー」と書かれたボタンを押した。すると途端に、向こうの音声が電話機本体から聞こえてくるようになった。私は驚いた。勿論こんな機能を使ったこともなかったし、それどころかこの電話にそんな機能が付いていることすらも知らなかった。
「御手洗さん、どうかしたんですかー?」
と里美が明るい声で尋ねる。何だか私と会話するときよりも嬉しそうに聞こえて腹立たしい。そんなにこんな皮肉屋と会話するのが楽しいのだろうか。御手洗はそう問われて、さっき私に言ったのと同じことを里美にも言った。里美は元気に答えた。
「ああそれ、私がアルバムを大学の資料館から見つけてきたんですー。キヨシちゃんかわいいってみんな大喜びでしたよー」
 すると、電話の向こうから疲れ切った溜め息が聞こえてきた。
「・・・君、犬坊さん、そんなに人の過去を詮索するのが楽しいかい」
「あ、やっぱり不愉快でしたかー? ごめんなさーい」
と里美は、憎めない声で笑みを浮かべながら言った。これに対してはさすがの御手洗も何も言えないようだった。私は一人でいい気味だと声に出さずに笑っていた。
 そこで私は、ふと思い出して言った。
「もしかして、あのマスカットと桃も里美ちゃん?」
 里美は笑みを滲ませたまま私の方を向いて言った。
「当たり前じゃないですかー。うちの実家から送ってきたから、一昨日来たときに入れていったんです」
「あそうか、両方岡山の特産品か……」
 私は今頃になって気付いた。いくらでも気付く要素はあったのだ。
 電話の向こうで御手洗が何か言っている。
「犬坊さん、そこの先生は聞いての通りの恩知らずだから、面倒なら今回でうち切りでも結構だよ。まあ一人でも何とかやっていくだろう。鍵はそこらに置いておいてもらえればいい」
 里美はけらけらと笑っている。私は御手洗に向かって尋ねた。
「そうだ、御手洗、その……、何で鍵を彼女に送ったんだ?」
 この問いは、私にとっては大いに勇気のいるものだった。ある意味では、私と日本を見捨てて北欧に骨を埋めることにしたのか、という問いでもあったからだ。
 しかし御手洗の応えは、私にとって希望に満ちたものだった。
「何でって、僕が持っていたって仕方がないからさ。スウェーデンにいるのに、日本の家の鍵をいつまでも持っていたってどうしようもないだろう? どうせ戻れば君がいるんだし。君のことだから、ちょっと思い立ってベネズエラに旅立つ、とかいうことはまずないだろう。いつ戻ったって家主がいるんだから、鍵を持っている必要はない。だから、犬坊さんに送ったのさ」
「でも、何で彼女に?」
「君のお世話を頼んだのさ。君という人は、人がいたところで特に何もないだけじゃなく、こっちのことをやたらと疎ましそうに言うくせに、いなくなったら途端に自分の道に迷い出すというややこしい人だろう? 僕がいたっていなくたって、実際は君に変わりないのに。まあある程度の迷いは悩みは必要だとは思うが、悪化するとあまりよくないと思ったのでね、それを食い止める役を犬坊さんにお願いしたのさ。どうだい君実際、このところの調子はどうだったんだい?」
 恥ずかしいかな、私はこのとき、ずいぶん嬉しくなってしまった。ああ、御手洗はまだ、私なんかのことを心配してくれているのかと思うと、涙が出そうになった。しかし里美の手前、泣くわけにもいかない。私は何とか話を続けた。
「まあ、どうってことなかったよ」
「本当かい? まあいいだろう。しかし君、犬坊さんだって忙しい中を無理して来てくれているんだ、しっかり感謝したまえよ」
 そこで私は里美のほうを見た。すると里美は、手を顔の前で激しく振ると、「いえ、私はいいんです。どうせまだ、休日は暇ですから」と言った。
「休日?」
「だから、毎週末の日曜日ぐらいなら、特に用事もないし、そう遠くもないし」
 そうだったのだ。だから七日に一回のペースで、変化が起きていたのだ。私は何しろこんな生活だから、休日などとは無縁だった。仕事をやりたければいくらでもやり放題だし、その気になれば一年だって二年だって休日だ。
「でも、前からまだ一週間も経ってないんじゃ」
 すると里美は、心底面白そうに言った。
「だって今日、七月二十一日で海の日でしょ? 先生ほんとに気付いてなかったんですかー?」
 気付いていなかったのだ。
「それで君、毎週末ここで何を……」
「掃除とか、部屋のちょっとした片づけとか、あと空気の入れ換えですねー。ここいつも、空気籠もっちゃってるから」
 だから毎回、何ともすがすがしい気分になれたのか。
 しばらく放っておかれた御手洗が、突然喋りだした。
「おい石岡君、僕だって忙しいんだ、もう用がないなら切るぜ」
 私は慌てて受話器を手に取った。
「待って! 待ってくれ!」
「なんだい」
 御手洗は不機嫌そうに言った。放っておかれたのがよっぽど不快だったのかも知れない。
 私は言おうか言うまいか少し迷ったが、やはり言っておくことにした。
「その、君、あの……、ありがとう」
 すると御手洗は、何しろああいう男だからこう応えた。
「ああそうかい、それじゃ、またね」
 電話は切れた。
 またね、と言ってくれた、その言葉に私は、心の底から安堵を覚えた。
 私の横で、里美はにこにこと楽しそうに笑っていた。

 結局その後、私は御手洗の鍵を里美から返してもらった。里美は構わないと言ってくれたのだが、いくらなんでもそこまで甘えるわけにはいかない。
 これからはまめに窓を開けて、空気を入れ換えようと思う。たったこれだけのことでも、気持ちというものは変わるものだ。どんよりと籠もった空気が吹き飛ばされると、これからも私はやっていける、と自信を持ち直せる気がした。
 ちょっと掃除をして、ちょっと埃を払っただけで、こんなにも違うものなのかと私は感心した。思えば、私の心にも、山のように埃が積もっていたのかも知れない。あるいは、何ヶ月も拭いていない窓ガラスのように、外を見る眼が曇っていたのかも知れない。しかしもうそれらは、御手洗と里美の心遣いによって、綺麗にぬぐわれた。
 こうして私の手元には、自宅の鍵が二本残ることになった。そして、引っ越すわけにもいかなくなってしまった。いつか、御手洗はこの家に戻ってくる。そのときは、彼は鍵を持ってはいない。だから、私が中から開けてやらなくてはならないのだ。
 そして私はもう一つの鍵も手に入れた。こちらはとても美しいが、実になくしやすい鍵だ。ぼうっとしていると、あっちの書類やこっちの荷物の下に踏みしかれて、どこかへ行ってしまう。だから、いつだってしっかり持っていないといけない。いつか私にも、この鍵を使う日がきっと来るのだ。この鍵がかちりと合って、開くドアがいつか私の前に現れる。そのドアの向こうに何があるのか、今の私にはまだ分からないが、しかしいつか、私はそのドアを開けることが出来ると思う。
 この鍵を私に与えてくれたのは御手洗であり、里美だ。ということは、きっと、そのドアを私に教えてくれるのも、この二人に違いない。
                              了