希望は失望に終わることがない
(ローマ書5章、5節) 端山真理
はやままり
私の現在22歳の息子、純が大学に入学した年18歳で発病してから4年間精神病で苦しんできた経過とついに希望の光が見えてきたことのお話をさせていただきます。この証ができますことを神様といつも祈って私を励ましてくださった教会の皆様にこころより深く感謝いたします。
純が、南カリフョルニアのUCIrvineに入ってComputer Scienceを専攻し、大学一年の初めの学期の終わりに純から、私宛にemailがきてそれには”神様が自分を殺そうとしている”というような奇妙な詩が送られてきました。そして、次の学期のある晩真夜中の2時頃に突然純から電話があり、“今から死ぬ”と一言言うと電話を切ってしまいました。すぐかけなおしましたが、通じず、あわてて大学の寮やアーバイン警察等必死で電話をし探してもらうよう頼みました。その後大学の警察からビルの屋上から飛び降りようとしている純を発見して保護したという知らせを受けました。後日学校からも休学したほうがよいということで純を家に連れ戻しましたが、4月から又学校に戻り、必死に耐えながら、オレンジ郡に住んでいましたが、その年の12月にはクラスも全部Fになり、もうこれ以上がんばれないと、大学を辞め、バークレーの家に帰ってきました。
翌年の3月に大暴れして、家の中をめちゃくちゃに壊して最初の入院(3ヶ月間)をしました。その時はSchizo-Affective Disorder(精神分裂を伴ううつ病)と診断され、たくさんの薬を飲まされ、まるで生きている死人ゾンビのようでした。ひどい副作用で一日1ポンド、一ヶ月で30ポンドも一気に太り、心臓と目にも影響をあたえました。 それから毎日寝たきり状態で、ごはんも食べず、トイレにも行かず、3−4日眠り続けたりもしました。少し良くなっても昼間中寝て夜中に起きているサイクルは何年も続きました。
去年の4月に状態が悪化し、一週間以上何も食べず、今度はあまり眠らなくなり、家の中、外を歩き回るようになり、何でも、なくしてしまい、服を着たままシャワーをあびて、廊下や部屋をぐるぐるまわりながら歩き、家中を水びたしにしてしまいました。 すぐ入院させましたが、強い薬が効いてくるまでの3週間くらいは人と目を合わせることもできず、私と主人が見舞いに行ってもだれだかわからないようでした。結局10月までの6ヶ月間、長期の精神病院そして、障害者用ホームで過ごすことになりました。でも今回の長い入院で、Schizophrenia(精神分裂症)とはっきり診断されたために合った薬が調合されるようになり、徐々に良くなり、10月に家に帰ってきた時にはかなり正常に近い状態になってきました。
純が病気になって私にとって一番つらかったのは、純にひどくきらわれ、憎まれたことです。この病気の特徴で愛するものを憎む、特に母親は一番憎まれる対象になると言われました。私の使っているものを壊したり、好きな人形の首や足を折ったりして、私自身、身の危険を感じたりしたこともあります。精神科の医者には、この病気は治らないと言われ、純の将来を思い、何度か絶望感にさいなまれました。それでもわずかな希望を失いたくない、純に受け入れられなくても、愛する純の幸せを求める祈りをひたすら続けてきました。 そして私の祈りは聞かれたのです。 純が家にいる時は、食事、栄養、マッサージなど私のできるかぎりのことを行いましたが、それを純が感謝してくれるようになり、やさしくなって、私と一緒に祈ってくれるようになりました。純自身にとっても、病気をしたことで、神様に素直になれてたことは恵みです。病気になる前の純は勉強をしなくても良くできると思い、人を見下すところがありましたが、今は他の人を認められるようになりました。
そして神様は私たちに奇跡のクリスマスプレゼントをくれたのです。クリスマスイブの日に私の友達のミュージシャンから紹介されたすばらしい自然療法の医者に純を連れていきました。私と純は麦とミルクのアレルギーがあり、その先生はカイロプラクタなのですが、食物アレルギーも治せると聞き、行ったのですが、なんと精神病も治せるとおしゃるのです。純の場合は赤ちゃんの時に髄膜炎をしたり、遊園地の乗り物から、頭から落ちたりして、脳を損傷しているのが原因で、頭骸骨、あご、首を矯正したらよくなるとadjustしてくださり、その帰りには純は普通に話しをするようになりました。それから、頭骸矯正マッサージ(craniosacral
therapy)、ミネラル栄養療法等を続け、最近では精神科の薬もほとんど飲まなくても良くなり、一般的な会話をし、私との関係も通常の親子にもどることができました。そしてなんとコンピュータの仕事をすることができるようになったのです。友達と遊んでゲームばかり楽しむようになり、なにか生産的なことができるようになれないものかと、主人と相談し、主人がボランティアで今まで知り合いのコンピュタ修理をしていたのを純に仕事としてやらせてみようということになりました。 すでに数人の方たちのコンピュータの修理、セッティングやわからないことの解説などをして、とても感謝され、社会に役立つ仕事をすることで、生きる励みを見つけたのです。父親と一緒に働くことで、家族のきずなも強くなっていける気がします。主人が神様を見上げる日も近いことを信じます。
教会の方々、コンピュータの問題は端山親子に頼んでみてください。
信じられないくらいの恵みをいただき、今思うと去年の私は希望が絶望に変わりそうな限界にあったのです。ぎりぎりのところで、自分でどうしょうもなくなり、神様に放棄する以外なくなったのです。それで神様は救いの手をのばしてくださったと信じています。神様のなさることは時にかなって美しいのです。
純は、これからも療養を続けなければなりませんし、また、再発して悪化することがあるかもしれません。 でも、主よ、あなたはあなたを訪ね求めるものをお見捨てになりませんでした。(詩編9章10節) この希望は失望に終わることがありません。(ローマ書5章2節―5節) というみことばをいつも心にきざんでいきたいと思います。
3/31/2005