Seoul Food
July 24, 1988 - August 1, 1988
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大学4年生のときにNHKの『シティ・インフォメーション』という衛星放送の番組で、あるコーナーを担当するニュースキャスターのような仕事をしていたのだが、それを見た他の部の人が僕を推薦したらしい。時はソウル・オリンピックが始まるちょっと前。NHKの衛星放送では、韓国の若者の暮らしを、同じく若者が伝えるといった8時間の生放送を企画していた。その番組のメインキャスターとして、日本からは僕、韓国からは在日韓国人だった女の子の2人が選ばれたのだった。劇団で色々な仕事をやってきた僕だったけど、海外に行ける仕事ってのは今回が初めて。もちろん二つ返事でOKした。「8時間」の「生」放送ってのがちょっと気がかりだったけど。
約2時間の飛行機の旅は本当に短く感じた。入国審査官が”News Coverage”という言葉がわからずにちょっとだけ足止め食ったけど、すんなり入国。辺りを見回すと…文字が読めない!! すごく当たり前なんだけど、改めて世界の大きさに驚いてしまった。英語圏の人が日本に来たらやっぱりこういうショックを受けるんだろうなぁとか考えながら、僕の旅が始まった。
今回の旅は韓国の若者の生活を伝えるというものだったので、いろいろな取材をする。彼らの間で流行っていたビリヤード場で話を聞いたり、一番人気の俳優にインタビューしてみたり。また食べたことのない韓国ならではの食べ物とかに挑戦したりした。特筆すべきは「キムチピザ」。友達にこの話をするとゲーッとか言われるんだけど、これがホントに美味しかった! 要は普通のピザの上にキムチが山ほど乗ってるだけなんだけど、ピザの味にピリッとしたキムチがあんなに合うなんて知らなかった。日本でしかピザを食べたことのなかった僕は、見たことのないようなすごく薄いピザ生地に戸惑いはしたんだけど、勇敢にも手で持って食べようとしちゃって、両手がもうベトベト。そういえば一緒にナイフとフォークも出てきてたっけ。ずっとその様子を録画されてる僕は、「これってやっぱりナイフとフォークで食べろっていうことだったんでしょうか?」とか真っ赤な顔してカメラに向かってコメントするしかなかったっす(笑)。
あと夜には屋台で有名なところに行って、タコの活け造り(?)も食べなきゃいけなかった。屋台のおばさんが水槽の中で泳いでる小さめの白いタコを取り出して、ブツ切りにして、皿に乗っけて出してくれるんだよね。皿の上でもまだ元気にうごめいてるタコを食べるのはやっぱりちょっと気が引けたけど、取材だから食べなきゃいけない、それに他の人だってみんな食べてるしってことで、勇気を出して口に入れてみました。が、口の中でまだ動くし、飲み込むときにも喉にひっかかりそうで、かなりコワかった。でも味自体は海の香りを凝縮したって感じで、そんなに悪くはなかったんだよね。周りの人は僕がどんな反応するか興味津々で眺めてたみたい。これって外国の人が来たときに納豆を食べさせてその反応を見るってのと、どこかしら似てるかも(笑)。
仕事だということで、食事もホテルも全てNHK持ち。なので、ゴハンはいつも美味しいところに連れて行ってもらってました。やっぱり韓国は焼肉っす! もう涙が出るくらい美味しかった。焼いてくれる店の人が肉をハサミでジョキジョキ切っちゃうのはビックリしたけど、もう肉もタレも文句の付け所のない味。カルビの骨のところはまだ肉が付いてるんで、骨に紙ナプキンをくるくる巻いて、ハイって渡してくれる。この骨に付いた肉がもーーー最高っ! 食べ過ぎに続く食べ過ぎでお腹の調子が始終悪かったんだけど、ここで引いていられるかってことでとにかく食べ続けました(笑)。サラリーマンの人達の昼食人気ナンバー1って紹介された、キムチチゲ(鍋)にはインスタントラーメンの麺を入れて食べて、これがまた最高。あと鳥のお腹にもち米を入れてスープで煮たサムゲタンも最高。ビビンバも最高。とにかく「美味しくないもの」ってのを一つも食べなかった気がするな。あぁ、韓国、また美味しいものを食べに行きたいよう。ホテルはホテルで、VIPフロアにあるVIPルームを使わせていただいてました。部屋には僕の名前の印刷されたノートパッドとかがあるし。これもまた感動。なんかこんなに幸せでいいのかって感じ。
向こうのNHKのスタッフの人たちも、全体的に若い人ばっかり。在日韓国人だった人がほとんどだったらしく、意思の疎通は全然困らなかった。すごく仲良くなっちゃっていろいろ遊びにも連れて行ってもらったし。なんだか大学の仲間とつるんでるような、そんな感覚だった。すげー笑ったのが、一緒に司会をやった女の子と世間話をしてたとき。どういう話でそうなったか憶えてないんだけど、僕が『1年B組新八先生』に出てることを言ったら、彼女が「あたしの中学にもその番組に出てた子いたよ」とのこと。彼女が日本に住んでた場所から考えて「ひょっとしてそれって松○△?!」「そーそー、その人!!」って二人で大笑いしちゃった。韓国に来てまで僕の友達を知ってる人がいるなんて、思いもよらなかったよん。世界って狭い(笑)。ちょっと怖かったのが、NHKのオフィスにはガスマスクが常備してあること。大学近くで暴動が起こることがあって、催涙ガスとかが使われるそうな。ビビリました。あと夜になると、何本ものサーチライトが夜空に動いてるんだよね。日本だったら単なる飾りや宣伝なんだけど、ソウルではれっきとした本物。やっぱり社会主義の北朝鮮と隣り合わせだっていう緊張の一端を感じてしまった瞬間だった。あとさ、繁華街とか行くと男同士でも手を繋いだり肩を組んだりして歩いてるんだよね。日本では女の子達はよく手とか繋いでるけど、男が肩組んで歩いてるなんて見たことなかったから、ちょっとした驚きだった。聞いてみると、韓国ではスキンシップをすごく大事にしてるから、そういう光景はすごく普通なんだってさ。ああ違う文化なんだなってちょっと思った一瞬だった。
8時間の生放送とはいえ、半分くらいはもう既に録画してある取材フィルムを流すため、そんなに大変じゃなかった気がする。ただ人に生放送とかでインタビューするときとかは、上手い言葉が見つからなかったりで、自分で修行全然足りませんとか思っちゃったり。でもいろんな取材ができたり、あっちこっちに連れて行ってもらったり、普通の観光じゃ絶対に味わえないような経験をしたんじゃないかな。
ショックだったのが、放送が終わった日の打ち上げパーティー後、ショーウィンドウに女の子達がまるで商品のように並んでいる場所に連れて行かれたこと。そりゃそういう場所があるとは聞いていたけど、やっぱりそれを目の当たりにするとかなり衝撃を受けてしまう。連れて行ったうちの一人が「こんなことでショック受けてたら、ニュースキャスターになれないぞ」なんて言ってたけど、自分の行動を正当化する言い訳にしか聞こえなかった(ニュースキャスターになる気も全然なかったし(笑))。僕をそういう所に連れて行くことが接待だと思われたことが、自分としては一番腹立たしかったんだよね。取材の一環ってならともかく、僕自身にはそういう遊びをする趣味はないわけで。もちろん個人の自由なんだから、そこに行く人達を責めるなんてつもりは毛頭ないけど、それが一般的に「もてなし」の一つだと考えられていること自体、すごくおかしいような気がしてならなかった。てなわけですぐにタクシーを呼んでもらって一人でホテルに直行したのでした。嬉しい・楽しい・大好きソウルが続いた後の、ちょっとほろ苦いエンディングでした。
まぁ落ち込んだもの一瞬で、次の日にはデパートでキムチを山ほど買い込んでから日本に戻りました(笑)。すごく楽しかった韓国、また絶対に行きたいな。
The End |